HIRAETH

2024年10月11日

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先日,博物館明治村へ行ってきました。

明治時代の建造物を移築して公開し,また明治時代の歴史的資料を収集することで,社会文化の向上に寄与することを目的とし,日本のテーマパークの中で3番目の広さを誇る100万平方メートルの敷地には,国の重要文化財11件(14棟),国の登録有形文化財53件,愛知県の有形文化財1件を含む約70件の建物が内部まで公開されています。
あまりにも広大なため,バスや蒸気機関車,京都市電を駆使しても,全ての施設を回るのに2日かかりました。日本初の営業用電車である旧京都電気鉄道(後に京都市電)の車両(狭軌1型)や正真正銘の「陸蒸気」(名古屋鉄道12号 – 旧鉄道院160形)など,明治の車両を動態保存していることは特筆すべきことです。
このテーマパークの素晴らしい点は,学校や工場,橋や教会などを再現展示するのではなく,実際にあった場所からそのまま移設していることです。

その中でも私が最も感動したのは,帝国ホテル中央玄関です。

まさに20世紀建築界の巨匠,フランク・ロイド・ライトの傑作であり,彼の設計思想が隅々まで行き渡っており,華やかさと独自の美学が融合した空間に圧倒されました。
ライトが手がけたこの建物は,首都の迎賓施設としての役割を果たし,その壮大なスケールと多様な空間演出が特徴です。床や天井の高さを変化させながら,水平と垂直に展開する空間は,まるで一つの芸術作品のようです。特に,内外に施された大谷石やスクラッチレンガの幾何学模様は,独特な世界観を醸し出しています。
この建物は,大正12年(1923年)に竣工し,関東大震災の日に新築披露されました。その後,昭和42年(1967年)まで日本の代表的なホテルとして,多くの国内外の政治家や有名人に利用されました。解体が決定された際には,保存問題が国内外で物議を醸し,最終的に中央玄関部分のみが明治村に移築されました。
明治村に移築された中央玄関は,ライトの設計理念を忠実に再現し,当初の材を可能な限り再利用しています。大谷石やテラコッタの装飾が施された内外の壁面,そして吹き抜けのロビーは,光と影が織りなす美しい空間を作り出しています。特に,左右ラウンジ前の大谷石の壁泉や「光の籠柱」,食堂前の「孔雀の羽」と呼ばれる大きなブラケットは,ため息が出るような美しさです。
さらに,この美しい空間の中で,コーヒーを楽しむこともできます。建物の2階にある「帝国ホテル喫茶室」では,ライトがデザインした椅子に座りながら,優雅なティータイムを過ごすことができるのです。ブレンドコーヒーや紅茶,季節のデザートなど,午後のひとときを彩るメニューが揃っています。特に,中原中也のケーキセットは,ポートマフィアの若手構成員がカフェで取引相手を待つ一幕を彷彿とさせ,その雰囲気に浸ることができます。
ライトは建築だけでなく,家具や食器のデザインにもこだわり,全体の調和を重視しました。彼の理念は,建物全体に一貫して表現されており,特別な時間を過ごすことができました。

また,獣医師である私が忘れてはならないのが,「北里研究所本館・医学館」です。

細菌学の先駆者である北里柴三郎博士が設立したこの伝染病研究所は,博士が東京大学で医学を修めた後,ドイツに留学し,ロベルト・コッホのもとで細菌学を研究した成果の結晶です。博士は破傷風菌の培養や血清療法を発見し,その功績により学界に広く認められました。帰国後,福沢諭吉の後援を得て,日本初の伝染病研究所を設立し,その後,独自に「北里研究所」を創立しました。この建物は,博士がドイツで師事したコッホの研究所を模範としており,ドイツ・バロック風の美しいデザインが特徴です。
建物は木造2階建てで,腰折れ屋根やドーマー窓が印象的です。中央正面には段型切妻の意匠が施されており,八角尖塔がその上にそびえ立っています。玄関の上には段状の破風があり,車寄せは縦溝付きの角柱で支えられ,パラペットで飾られています。
パラペットには,北里博士が発見した「破傷風菌」と平和のシンボルである月桂樹をあしらった紋章が取り付けられており,これは現在も北里研究所のシンボルマークとして使用されています。
建物の設計には,顕微鏡による観察を最適な条件で行うための工夫が凝らされており,光の変化が少ない北側に部屋が配置されています。このような設計は,細菌学研究の発展に大いに寄与しました。この移設された建物もしっかり北に向いており,その設計思想が今も息づいていることに感動を覚えました。また,病理学研究室出身の私にとって,施設内に展示された多種多様な古いミクロトームは,非常に興味深く,心を惹かれるものでした。これらの道具は,過去の研究者たちがどのようにして微細な世界を探求してきたのかを物語っており,その歴史と技術の進歩に思いを馳せることができました。

歴史的建造物に実際に触れることで,教科書や資料では得られない生きた歴史を体感することができました。これらの体験を通じて,歴史に対する知識が一層深まり,明治時代の文化や技術の進歩に対する理解が一段と広がりました。明治村は,一度に多くの文化財を目にすることができる貴重な場所であり,明治時代の日本の姿を追体験し,その歴史的価値を再認識することができました。

 

 

三村(晃)