陶板に刻まれた歴史-未来へ繋ぐ文化遺産

2024年9月20日

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先日,❝大塚国際美術館❞へ行ってきました。

一般財団法人大塚美術財団が運営するこの美術館は,陶板複製画を中心に展示しています。陶板複製画を原寸で展示しているため,全体を1日で回ることは難しく,鑑賞ルートは地下3階から地上2階まで約4kmに渡ります。延床面積は29,412㎡で,開館当初は日本一の大きさを誇っていました。私も全ての作品を見るのに3日間を要しました。これらの陶板複製画約1,000点余りは,ピカソの子息や各国の美術館館長,館員が来日し検品を行っています。

瀬戸内海の穏やかな波を望む高みに佇む美術館は,まるで大地から生み出された芸術作品のようでした。所在地が瀬戸内海国立公園内であるため,建設許可だけで5年の歳月を要しました。景観維持と自然公園法により,高さ13m以内とするために,一旦山を削り取り,地下5階分の構造物を含めた巨大な建物を造ったうえで,再び埋め戻すという難工事が行われました。

展示されている作品は,大塚オーミ陶業株式会社が開発した特殊技術によって,世界中の名画を陶器の板に原寸で焼き付けたものです。他の会社が行っているようなオリジナルの収集に拘るのではなく,自社技術を用いて豊富に作品を複製·展示するという構想は,企業の文化事業としての私立美術館の中でも非常に特異な試みと言えます。

陶板複製画は原画と異なり,風水害や火災などの災害や光による色彩の退行に非常に強く,約2,000年以上にわたってそのままの色と形で残るため,これからの文化財の記録保存のあり方に大いに貢献すると期待されています。この特徴を生かし,大塚国際美術館では写真撮影が一定条件下で許可されていたり,直接手を触れられたり,一部作品を屋外に展示していたりと,従来の美術館の概念とは大きく異なります。屋外の庭園に展示されたモネの『睡蓮』などは,その性質を生かした好例です。

もう一つの特徴として,今は現存しない作品(修復前のレオナルド·ダ·ヴィンチ『最後の晩餐』や戦火で失われたゴッホの『ひまわり』)や,戦災等で各地に分散されている作品(エル·グレコの大祭壇衝立)を復元する試みも行われており,感涙せずにはいられませんでした。

板を組み合わせることで大型化にも対応でき,特に素晴らしかったのはミケランジェロの『最後の審判』で,オリジナルの展示環境であるシスティーナ礼拝堂全体を再現した“システィーナ·ホール”に展示されています。このホールは2018年に地元出身のシンガーソングライター米津玄師が第69回NHK紅白歌合戦に中継出演する際の舞台にもなったので,ご存知の方も多いかもしれません。

ホールに足を踏み入れると,まるでルネサンス期のイタリアにタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。ミケランジェロが丹念に描き上げた人物たちの表情,天井を埋め尽くす鮮やかなフレスコ画,そして重厚な空間全体が,来館者を異次元へと誘います。この緻密な調査と最新の技術を駆使して再現された空間は,芸術作品に対する敬意と科学の力との融合を象徴しています。

世界25ヶ国·190余の美術館が所蔵する西洋名画1,000余点が展示されている美術館ですが,その華麗なる舞台において,マティスやカンディンスキーの作品が見当たらないことに,見えざる手の影を感じざるを得ませんでした。

古代壁画から現代絵画まで,世界中の名画が一堂に会し,その一つ一つに込められた作者の想いや時代背景を想像しながら鑑賞することは,まるで歴史の旅をしているかのようでした。今回の訪問を通じて,私は芸術の持つ力,そしてそれを後世に伝えることの重要性を改めて認識しました。大塚国際美術館は,単なる美術館にとどまらず,人類の文化遺産を継承し,未来へと繋ぐ役割を担っていると言えます。

 

三村(晃)