天舞する絹路

2023年10月16日

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先日,❝絹谷幸二 天空美術館❞へ行ってきました。
1943年1月24日に奈良県奈良市で生まれた彼は,東京芸術大学美術学部を卒業後,イタリアに渡り,アフレスコ古典画の技法を研究しました。その後,安井賞をはじめとする数々の賞を受賞し,日本芸術院会員に選出されるなど,その業績は高く評価されています。
彼の作品は,色彩豊かで躍動感溢れる表現が特徴で,“アンセルモ氏の肖像”や“ダリア·ガナッシィーニの肖像”などの代表作は,多くの人々に愛され続けています。また,公共の場に設置された壁画やパブリックアートも多数手掛け,広く社会に芸術を届けてきました。
この美術館では,彼の作品を常設展示しており,世界初の試みである絵の中に飛び込む大迫力の3D映像体験や,アフレスコ(壁画の古典技法)とミクストメディア(混合技法)による絵画·彫刻の数々,また,遊び心満載のワークショップやアトリエスペース,そして快適空間のカフェなど,最新型ミュージアムとしての魅力も備えています。
私が特に感銘を受けたのは,“祝·飛龍不二法門”という作品です。

これは,大乗仏教経典の一つである『維摩経』に基づく不二法門の思想を体現したもので,相反する概念――善と悪,生と死,我と無我など――は別々のものではなく,一つのものの部分であるという教えです。絹谷氏は,この思想を通じて,固定概念を超えた“生きる智慧”を問いかけ,人間の善悪,美醜,強弱,長所短所など全てを包み込む自然の豊饒そのものを表現しています。彼の作品は,豊かな色彩とエネルギーに満ち溢れ,観る者に強烈な印象を与えると同時に,深い思索を促します。
特に“祝·飛龍不二法門”では,勇ましく描かれた龍が,不二法門の教えを象徴するかのように,力強く空を舞う姿が描かれています。この作品は,美術館の入口に展示されており,絹谷氏の芸術世界への入口となっています。
また,1998年に不安定な現代社会への警鐘として,世界平和への願いを込めて制作された立体作品“ニューヨークの天使”も,彼の“不二法門”という思想を象徴しています。

この作品は,天に向かって羽ばたこうとする天使を表現しており,その翼には核弾頭のようなミサイルが挟まれていることで,平和と破壊の狭間にある人類の現状を表しています。絹谷氏は,この作品を通じて,世界が直面する危機に対する深い洞察と,それに立ち向かう人類の力強い希望を表現しています。
絹谷幸二氏は,その卓越した業績により文化勲章を受章し,文化功労者としても顕彰されました。彼の芸術は,日本画の伝統に深く根ざしつつ,現代社会の多様な側面を映し出し,人類に対する警鐘を含む力強いメッセージを発しています。その作品群は,観る者に生命の智慧と真の平和の意味を問う鏡となり,日本の美術史において不動の地位を確立しています。

彼の遺した足跡は,未来に向けても多くの人々にインスピレーションを与え続けることでしょう。

三村(晃)