骨が綴る人類のドラマ
2024年2月12日
東京大学総合研究博物館にて開催されている❝骨が語る人の「生と死」 日本列島一万年の記録より❞へ行ってきました。遺跡から発掘された骨を通じて,祖先たちの生活や文化,そして彼らが直面した死という終焉を紐解く試みで,この展示は,縄文時代から現代に至るまでの長い年月を経て,我々の前に姿を現した祖先たちの生の軌跡と,死の静寂を,静謐なる空間の中で繊細に描き出しています。
展示は三部構成に分かれており,第一部では“骨が語る「生」”と題され,筋骨隆々たる縄文人の生活や彼らの創造性豊かな文化を,骨格の形状や歯並びの特徴を通じて探求しています。保美貝塚から発掘された,列島史上最も太い上腕骨や,モンテジア骨折,変形性治癒骨折の跡を持つ骨など,興味深い展示がありました。また,成長期の貧血による骨髄の代償性過形成が原因で,眼窩の天井が多孔化するクリプラ·オルビタリアや,側頭部が多孔化するクリプラ·クラニイ,大臼歯の虫歯や歯槽膿漏など,骨から読み取れることが意外にも多く,興味を引かれました。
第二部“骨が語る「死」”では,盤状集骨葬や廃屋墓といった死後の埋葬形式を通じて,古の人々の死生観や社会構造の解明に迫ります。獣医としての私の関心は特に,縄文時代の多人数集骨葬と犬の埋葬に惹かれました。縄文時代の墓所の大半は,個々または複数の人々を大地に還す単葬(一次理葬)で占められていました。しかし,縄文時代の晩期に至り,“多人数集骨葬”と称される新たな葬法が登場し,流行を見せます。これは,一次葬を経た後に複数の遺骨を掘り起こし,混合し再配置して再度埋葬(再葬)するというもので,三貫地貝塚(福島県)をはじめ,関東·東海地方において数多くの事例が確認されています。さらに,縄文時代の墓地では,人々と共に犬もまた,敬意を込めて埋葬されることが一般的でした。これは,狩猟者としての縄文人と犬との深い絆を物語っており,犬肉を食することが一般的であった弥生時代の人々や,他のアジアの農耕文化とは一線を画しています。
最後の第三部では,“病との闘い”として,がんや結核,梅毒などの病と人々がどのように向き合ってきたかを展示しています。病理学研究室を出身とする私にとって,この展示は格別の興味を惹きました。骨に刻まれた病の痕跡から結核や梅毒の感染を読み解くことが出来ることにも感動しましたが,特に日本最古のがん患者の頭骨に対する興味は,一際強いものがありました。三貫地貝塚より発掘された20~30代の男性の頭骨は,溶骨性がんの所見を呈し,感染症に見られる骨の生体反応(骨硬化や骨増殖)を欠く一方的な骨の溶解が見受けられました。多発性骨髄腫の可能性も指摘されるものの,若齢であることを考慮し,がんとの診断に至ったようです。多人数集骨葬の遺跡より出土したため,同一個体の骨が特定できず,がんの原発部位及び転移経路は不明のままです。
この展示を通して,単なる歴史的事実の羅列ではなく,骨を介して,かつてこの地を歩んだ人々の生活の営みや,時には彼らの苦悩や歓喜を感じ取ることができる,印象深い体験でした。それぞれの遺骨が,静かに語りかけてくるようであり,生きた証として,自らのルーツを再認識し,人類共通の歴史を学ぶ貴重な機会となりました。
三村(晃)